明珍宏和「幕が上がる、その前に」第9回 ── 《トスカ》、そして《仮面舞踏会》へ


はじめに


2026年3月、北とぴあつつじホールにて、プリンスオペラの第一歩となる《トスカ》を上演いたしました。


ご来場くださった皆様、ご支援くださった皆様、出演者、スタッフ、そしてこの公演に関わってくださったすべての方々に、心より御礼申し上げます。


《トスカ》公演を終えた今、私の中に残っているのは達成感だけではありません。この舞台を通して、改めて自分たちの活動の意味や役割について考える機会をいただいたように思っています。


(撮影:友澤綾乃)



《トスカ》で描きたかったもの


《トスカ》で表現したかったものは、権力や大きな力の中にも確かに存在する、「小さな声」でした。


歴史の表舞台に立つ人々の声ではなく、その陰で生きる人々の願い、祈り、そして尊厳です。


その声は決して大きくありません。時には大きな力の前にかき消され、存在すら忘れられてしまうこともあります。しかし私は、そのような「小さな声」にこそ耳を傾けるべきではないかと思っています。



(撮影:友澤綾乃)



プリンスオペラの目指す場所


私たちは決して大きな組織ではありません。潤沢な資金があるわけでもなければ、長い歴史や伝統を持っているわけでもありません。


それでも活動を続けるのは、音楽家だけのための世界を作りたいからではありません。


むしろその反対です。


音楽家の世界と、日々それぞれの人生を生きる人々の世界。その間にある見えない境界線を少しでも取り払い、お互いが自然に寄り添える場所を作りたいのです。


舞台の上に立つ者も、客席で耳を傾ける者も、同じ社会を生きる一人の人間です。芸術は特別な人だけのものではなく、人と人とが出会い、互いを理解し、支え合うための力を持っていると私は信じています。




(撮影:友澤綾乃)




これからの音楽家に求められるもの


これからの時代を生きる音楽家にとって大切なことは、自分たちが特別な存在であるという自負ではないように思います。


私たちもまた社会の一員であり、隣にいる人たちと同じ世界を生きています。


声の大きな人は、自らの言葉で意見を発信していけばよいでしょう。


しかし世の中には、自分の思いをうまく言葉にできない人もいます。声を上げたくても上げられない人、声を持ちながらも誰にも届けられない人もいます。


私は、音楽家の役割とは自らを語ることだけではなく、そのような小さな声に耳を傾け、その思いを受け取り、音楽を通して社会へ届けていくことにあるのではないかと考えています。





《仮面舞踏会》オーディションを通して


《トスカ》公演を通して、私はその思いをこれまで以上に強く持つようになりました。


そして、その後に行われた《仮面舞踏会》のオーディションは、その決意をさらに確かなものにしてくれました。


私たちの予想を上回る数の応募をいただき、審査員、音楽スタッフ、運営スタッフ一同、そのレベルの高さに驚かされました。


そこには、自らの芸術を信じ、真摯に研鑽を重ねる多くの若い歌手たちの姿がありました。


私は若い世代に自分の価値観を押し付けたいとは思いません。それぞれが自らの道を歩み、それぞれの人生を生きればよいのです。


しかし一方で、彼らが挑戦し、成長し、羽ばたいていくための環境や道筋を整えることは、私たちの責任ではないかとも感じています。




未来への種を育てる


次回公演となる《仮面舞踏会》では、《トスカ》以上に多くの方々に関わっていただけるよう、現在準備を進めています。


こうした活動を通して、一人でも多くの方にクラシック音楽やオペラを知っていただくきっかけになれば幸いです。


そして同時に、未来のオペラ歌手や演奏家、あるいは「音楽をやってみたい」「歌ってみたい」という思いを持つ人たちの心の中に眠る可能性を発見する機会になればと願っています。


才能とは、必ずしも最初から自覚されているものではありません。一つの舞台との出会いが、その人生を変えることもあります。





北区と共に歩む


私たちが活動する北区という土地は、渋沢栄一翁をはじめ、多くの文豪や芸術家たちが足跡を残してきた文化的な土壌に恵まれた場所です。


先人たちは、それぞれの時代の中で文化を育み、人を育て、未来へとその思いをつないできました。


私たちもまた、その歴史の延長線上にいるのだと思います。


そうした先人たちが残してくれた文化的・歴史的遺産を学び、その精神を受け継ぎながら、現代を生きる私たちなりの形で地域に文化を根付かせていきたいと考えています。




おわりに


《トスカ》は私たちにとって最初の公演でした。


しかし本当の意味での挑戦は、むしろここから始まるのかもしれません。


小さな声に耳を傾けること。


人と人との間にある境界を少しずつ取り払うこと。


若い芸術家たちが羽ばたくための土壌を育てること。


そして地域と共に文化を育んでいくこと。


その歩みをこれからも続けてまいります。


幕が上がる、その前に。


私たちは今日も、新しい未来のための準備を続けています。






プリンスオペラ代表

明珍宏和




Prince OPERA

北区から世界へ。 プリンスオペラは 地域に根差した質の高い芸術を育て 世界に向けて発信していくことを 目指しています。