明珍 宏和「幕が上がる、その前に」第3回 ── Ⅱ.健康な音楽界の構築と団体の支援
若手声楽家が安心して舞台に立ち、
創造力を発揮するためには、
個人の努力だけでは十分ではありません。
昨日述べた自己修練、鍛錬に加え、
アルバイトをしたり、
あるいは一般企業に就職して働きながら勉強を続け、
出演の機会を得ている人も少なくありません。
しかし、その大変さを理解していただくのは容易ではないでしょう。
オペラでひとつの役を歌いきるための声は、
何よりもまず身体の状態が万全でなければ健全に発せられません。
働きながらそのコンディションを維持するだけでも非常に困難であるうえ、
さらに言語習得、楽譜の勉強、文化的背景の理解など、
多岐にわたる学びが必要です。
加えて、オペラ業界には独特のしきたりがあり、
さまざまな先生のもとでレッスンを受けなければならず、
その結果として経済的な負担も大きくなります。
こうした多くの要素を克服して初めて、
大舞台で役を掴むことが可能となるのです。
音楽家自身の自助努力は大切ですが、
それを支える仕組みや環境が存在して初めて努力は実りとなります。
ここで重要なのが、
声楽家を支援する「団体」の存在です。
団体は舞台を提供するだけでなく、
声楽家が音楽活動に専念できる環境を整え、
経済的・精神的な支柱となります。
現代の日本では、多くの団体が大規模で体制も古く、
一人ひとりの声楽家に寄り添った支援が難しい状況です。
その結果、夢や希望を抱く才能ある若者でさえ、
経済的な制約や舞台経験の不足から
音楽の道を諦めざるを得ない場合があります。
これは個人の能力や努力の問題ではなく、制度や環境の課題です。
こうした現状を踏まえ、
私は地域密着型のオペラ団体を構築することが
非常に重要だと考えています。
地域密着型の団体は規模が大きくなくとも、
声楽家に実践の場を提供し、
地域の観客と声楽家が直接出会う機会を作ることができます。
舞台は単なる演奏の場ではなく、
声楽家が学び、挑戦し、成長するための「教育の場」として機能します。
地域の人々が声楽家を応援し、
舞台を支える循環が生まれることで、
音楽界全体の健全な発展につながります。
また、ドイツの小劇場に学ぶことも有効です。
小劇場では声楽家が専属契約を結び、
社会保険や福利厚生のもとで月給を受け取りながら就業できます。
舞台や演奏に専念できる環境が整い、
劇場と地域社会が密接に結びついているため、
文化活動と日常生活の間に隔たりがありません。
この制度を日本で再現することにより、
声楽家が安心して音楽活動に取り組める基盤が生まれ、
文化全体の発展につながります。
重要なのは、公助に頼りすぎず、
自助の仕組みを団体自らが作ることです。
補助金や公的資金は活動を支える一助になりますが、
まずは団体自身が自立して運営できる仕組みを整えることが、
健全な音楽界を長期にわたって形成していくのに不可欠です。
こうして整えられた環境のもとで、
声楽家は舞台経験を積み、
自己表現の幅を広げ、成長していくことができます。
(つづく)
プリンスオペラ 主宰
明珍 宏和
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