「私が演出する理由」 ── 演出家・角直之さんコラム


 プリンスオペラ・代表の明珍宏和からの問い掛け──「あなたが歌う理由は?」


 これまでのインタビューの中で、ご出演のみなさまに問い掛けてまいりました。


 昨年末には、演出家・角直之さんに「あなたが演出する理由」というテーマでコラムのご執筆を依頼いたしました。角さんの場合は、広報が間接的にインタビューで伝えるよりも、ご自身の言葉で綴っていただいた方が、みなさまのお心に深く届くかと考えて、お願いいたしました。


 二月、雪が降ってしばらくののち、原稿が届きました。角さん、お心のこもった原稿をありがとうございました。心より感謝申し上げます。


 息が白くなる寒さの中で降る雪に思いを馳せながら、しばしお時間をご一緒させていただければ幸いです。





 「私が演出する理由」というお題でコラムのご依頼をいただいてから年を跨いで2月になってしまいました。今はBunkamuraプロデュースオペラ《フィガロの結婚》に演出助手として参加しながら、連日の稽古の頭の片隅に、この問いが常にチラついています。



 このコラムを書いている今日2/8は雪がチラついて(というより場所によっては積もって)いたのですが、雪の降る街というのは普段と少し違って見える気がします。白く覆われることで、覆われていない部分に視線が引き寄せられる。雪をかぶっただけのペットボトルが、まるで別の何かのように見える。溶けかけた場所から、隠れていた路面の凹凸が露わになる。雪は新しいものを付け加えるというより、そこにあるものの「見え方」を変えてくれる現象なのだと思います。


島根の実家付近は10年に一度の大雪だったようで、写真がきました。上京するまで見慣れた懐かしい風景というよりは、そこにある静けさに目がいきます。




 私は舞台効果の中でも、舞台上に雪を降らせる演出が、やるのも観るのもけっこう好きなのですが、例えば歌舞伎の《鷺娘》。鷺の精が恋のために堕ちた地獄で苦しみもがく時、降りしきる雪があるのとないのとでは印象が全く違うはずです。「積もってゆく」狂おしさが、「散ってゆく」哀れさが、そこに可視化される。物語を説明するのではなく、ただ降るだけで時間と感情の厚みを観客の身体に沈澱させてくれます。そうすることで、「見え方」に奥行きが出てきます。



台本・演出を手掛けたオペラ《足立姫》では、舞台上の雪=花びらが大きな役割を担いました。主催:rojicoya/作曲:永井秀和/舞台写真:長澤直子



 演出とはいってみれば、ひとつの「見え方」をそこに示すこと、もっと言えば「ある世界の有様」を示すことのように思います。しかし、ここで考えておきたいのは(少なくとも私がオペラを演出する際において)、この「見え方」や「有様」というのは、決して伝えたいメッセージやイデオロギーではないということです。作品を通してメッセージを届けたい、という考え方があることは理解していますが、私自身は演出をそうした意図や主張の運び手として扱うことに距離を取り続けてきました。私がしている/したいのはどちらかというと、簡単に言葉にすることができないもの、ひとまず名付けてみるとすれば作品に在る「セカイ」のような何かを、出演者スタッフ、観客も含めてその「場」にいる人と共有したいということです。それは決して作品の初演そのままを再現するということや、台本作家/作曲家の求めたもの(勿論そこへのリスペクトは大いにありますが)を舞台に顕現させるということとは異なるように思います。また、「見え方」というと語弊が生じそうなのですが、「この作品はこう見なさい」というような押しつけをするつもりもありません。イメージとしては、「セカイ」の覗き窓を拵えるようなことがしたいのです。



王子の飛鳥山にある旧渋沢公園の晩香廬の扉窓は思わず覗きたくなってしまう魅惑的な窓でした。




 私が演出をする時その作品をどう「観るか」、よく使う言葉だと「解釈の余地」はなるべく観客に委ねたいと思っています。なんだかそれは逃げのように捉えられることもあるかもしれませんが、特定のメッセージを伝えたいならオペラという様式はあまりに遠回りですし、イデオロギーを打ち立てるなら街角で演説をしたほうが早い。そして、メッセージを掲げた瞬間、舞台は分かりやすくなります。私はその「分かりやすさ」に違和感を覚えてしまうのです。おそらく、「分かりやすさ」は作品を「分かる」というものの中に狭めてしまうのではないでしょうか。「理解」というものを超えた豊かな広がりがあるように、私はなるべく作品をあらゆる可能性に「ひらいて」いたいと考えています。要するに、先ほど「セカイ」と名付けた言葉にできない何かを共有しようとするとき、それを覗く人が何を感じ、何を考えるかはその人の自由で、また人それぞれであってほしいのです。




舞台機構としての能舞台がとても好きです。以前は能の内容的にも「とじた」イメージを持っていましたが、実際に使ってみて今では逆に非常に「ひらいた」空間であるように感じます。舞台美術/星野善晴




 では、なぜ「セカイ」を共有したいのか。それがいまの私にとって「演出をする理由」という問いかけに対する答えになると思うのですが、それこそなかなか言葉にしにくいところです。ゆっくりとコラムを書きながら考えたことのひとつには、例えば小学校にあがる前の幼い子供が降っている雪を見て、誰か他の人に「雪が降っているよ」と嬉しそうに伝えに行く、その時の無邪気な心持ち。自分が出会った世界をひとりで抱えているのが惜しい、誰かに見せたくなってしまう感覚に少し似ているのかもしれません。




最近だれかに見せたいと特に思ったのは伊東市にある〈まぼろし博覧会〉です。摩訶不思議で懐かしさもあって、謎の癒し空間でした。よくわからないものが沢山あって楽しいです。




 言葉にしにくいもの、あるいは言葉にできないものは確かに存在します。それを曖昧なままにしてはいけない、と言う人もいるかもしれません。ですが、言葉にできないからこそ、舞台に置いてみたいと思うのです。演出をしていると、何かがはっきりするというより、むしろ「はっきりしなさ」が、より輪郭を帯びて立ち上がってくる時があります。私にとって演出とは、人と人が同じ空間と時間を共有してしまう状況をつくることに近いものです。言葉になる前の感覚や、うまく名づけられない「なにか」がその場に居合わせた人たちのあいだに、確かに立ち上がる瞬間があります。私は、その「なにか」を共有している時間そのものを、信じてみたいと思っています。



「幕」と「膜」をモチーフに演出した《アドリアーナ・ルクヴルール》、幕の向こうにある「何か」はきっと私たちを手招いているはずです。主催:オペラ工房アヴァンティ




 時間の経過によって、雪はやがて溶けます。舞台もまた、二度とは再現できない生身の芸術であるが故に、その場限りのものとして消えていきます。ですが、チラッとでも見え方が一度変わった世界は、元には戻らないかもしれません。その「わずかな変位」は、私にとっては非常に大きなものです。


 「なぜ演出をするのか」の問いに対して、いまのところ私はこう答えたいと思います。それは何かを伝えるためではなく、「世界がこう見える」という感覚を、ひととき誰かと一緒に引き受けるために。


 プリンスオペラで取り組む《トスカ》も、その延長線上にあります。3月から始まる立ち稽古、そして公演をとても楽しみにしています。





角直之







 角さんの「セカイ」。どんな景色になるのでしょう。


 その旅路をご一緒させていただけることを楽しみにしております。



 雪は溶け、桃の節句も近づいてまいりました。明日から、いよいよ立ち稽古が始まります。


 プリンスオペラのみなさま全員で、この「セカイ」を育ててまいりましょう。



 角さん、どうぞよろしくお願いいたします!






角直之(すみ なおゆき)


東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。在学中にコンヴィチュニー・オペラ・アカデミー2014演出部門を受講。

これまでに《魔笛》《コジ・ファン・トゥッテ》《ドン・ジョヴァンニ》《フィガロの結婚》《奥様女中》《愛の妙薬》《リタ》《ルチア》《ラ・ボエーム》《蝶々夫人》《トスカ》《椿姫》《ファウスト》《シラノ・ド・ベルジュラック》《アンドレア・シェニエ》等を演出。

出雲芸術財団助成事業小劇場オペラ《出雲阿国》(島根・東京・千葉・福岡・福井・WMF招聘公演)、文化庁AFF採択事業オペラ《箱》《いちとしいけるもの》、アーツカウンシル東京助成事業オペラ《葵の上のあわい》、Re:boxcreators《IWATO-GAKURE》、 A&Sオンサイトパフォーマンス《雁》、ミュージックラボC-203《漂泊する異邦人/夏の旅》等を台本・演出。

それいけ!クラシック《それから!コウモッリ》台本。

出雲市立朝陽小学校・旅伏小学校校歌、歌曲集《俗物》《聖物》《箱の中の読書》、デジタル掛け軸コラボレーション歌曲「無数のいくつもの」等を作詞。

さわかみオペラ芸術振興財団第1回日本語オペラ「MITSUKO」制作コンペティション台本部門入選。

演出家として「第1回舞台芸術を未来につなぐ基金」に採択される。

日本演出者協会会員。「伝統と現代」研究会実行委員。CamerataProject主宰。






プリンスオペラ第1回公演「トスカ」は、

2026年3月28日(土)・29日(日)

北とぴあ つつじホールで上演いたします。


公演情報はこちらをご覧ください。



チケットはほくチケ(オンライン)、

ならびに北とぴあ1階窓口にて好評販売中です。


オンラインでのお申込みはこちらからお願いいたします。


◎ほくとぴあチケットオンライン

https://p-ticket.jp/kitabunka


みなさまと北とぴあでお会いできますことを、

心より楽しみにしております。







Prince OPERA

北区から世界へ。 プリンスオペラは 地域に根差した質の高い芸術を育て 世界に向けて発信していくことを 目指しています。